岡谷蚕糸博物館
〜シルクファクトおかや〜 館長

髙林 千幸さん

岡谷市出身。1973年東京農工大学工学部卒業後、農林省蚕糸試験場に入省。長年製糸技術・シルク新素材の開発に取り組む。2011年より岡谷蚕糸博物館館長に就任。岡谷市シルク関連アドバイザーも兼任。農学博士。

諏訪湖の北西側に面する湖畔のまち岡谷ですが、明治時代から昭和初期にかけて、「糸都(製糸業で栄えるまち)」として栄えていたという事実は、県外の方には意外と知られていません。現在でも、岡谷市内には、製糸業や養蚕業に関わる文化、史跡、そして技術や人々の気風が様々なかたちで残っています。今回、ご提案するのは、そんな岡谷をシルクでたどる「まちあるき」。岡谷の養蚕・製糸業の歴史とおすすめ「まちあるきスポット」について、岡谷蚕糸博物館〜シルクファクトおかや〜館長の髙林千幸さんにお聞きしました。

シルクのまちと謳われるわけ

蚕の繭から引いた糸を生糸と呼びますが、明治時代から昭和初期に至るまで、日本の輸出総額の第一位は生糸でした。生糸は当時の日本の経済と産業を支えていたのです。製糸業で栄えたまちとしては、富岡製糸場が世界遺産に登録された群馬県富岡市を思い浮かべる方も多いかと思いますが、長野県もまた製糸業で栄えた地でした。大正 13 年には長野県の生糸生産量は全国トップ。なかでも岡谷の輸出生糸生産量はその60%以上を占めるほどでした。

「岡谷・諏訪エリアで製糸業が栄えた背景の1つには、この地域の乾燥した気候や豊富で綺麗な水などがありますが、この土地にとって幸運だったのは、能力の高い経営者、才能のある技術者そして繊細な作業を長時間こなすことのできるたくさんの働き手がいたことです。これが、製糸業が衰退した後も、他の産業が続いていく礎になっていると思います。」

シルクのまちのものづくりを支えた人々

「能力の高い経営者の筆頭は、片倉工業株式会社の祖でもある初代片倉兼太郎さんでしょう。明治5年、富岡製糸場が開業した翌年、片倉兼太郎さんの父である片倉市助さんは現在の岡谷市で10件の座繰り器から製糸業を興しました。これを、その経営能力で国内トップクラスの生糸生産量を誇る片倉工業株式会社にまで発展させたのが片倉兼太郎さんです。片倉家は、代々製糸に関わる機械類・資料を収集してきましたが、戦後、この資料を岡谷市に寄贈してくださいました。これが、現在の岡谷蚕糸博物館の展示の中核になっています。中でも貴重な収蔵物が、『フランス式繰糸機』。これは、実際に富岡製糸場で使われていた現物ですが、日本国内はもとよりフランス本国にも現物は残っていないという貴重なものになっています。」

フランス式繰糸機

諏訪式繰糸機(2条繰り)

「そして、才能のある技術者の代表と言えるのが、諏訪式繰糸機(すわしきそうしき)を開発した武居代次郎さんでしょう。岡谷出身の糸商で『キカイ道楽』と言われるほどの機械好きだったそうです。明治初期、日本の製糸工場で主流だったのは、明治政府が富岡製糸場に導入したフランス式繰糸機でした。これに、前橋藩が導入したイタリア式繰糸機の良い技術を取り入れつつ、日本人女性が作業しやすいコンパクトなサイズにしたのが諏訪式繰糸機です。金属製ではなく木製なので、低コストで機械を作ることができました。これが岡谷諏訪エリアのみならず、日本全国に広がっていったのです。」

諏訪式繰糸機

隣り合って展示されている、フランス式繰糸機と諏訪式繰糸機を見比べると、サイズや材質の違いが一目瞭然。当時、製糸場で働いていた工女さんは13-18歳がメインだったと聞くと、諏訪式繰糸機の小ささにちょっと胸を打たれます。
当時の工女さんたちの生活の様子や賑やかな岡谷のまちの様子も、展示から知ることができます。

「製糸場で働く工女さんというと、あまり幸せではない暮らしを想像される方も多いと思うのですが、まだ貧しかった当時の日本で白いご飯が 3 食好きなだけ食べられるということを想像してみてください。女性が外で働ける場所も機会もまだほとんどない時代です。誇りを持って働いていた方も多かったと思います。実際に、工女さんたちがいたからこそ、岡谷は日本有数の生糸の産地になれたのですし、それが日本の経済と産業を支えていたのは事実です。工女さんのような現場で働く人の姿や思いを後世に残していくのも、この博物館の大切な役割なんです。」

工女さんを支えた意外な食材とは

ところで、長野県が生産量1位を誇る産物は多々ありますが、その1つに味噌があるのをご存知ですか?長野県の味噌の出荷額は全国1位(総務省統計による)。実は味噌にも、製糸業で栄えた土地ならではの歴史を垣間見ることができます。

「製糸工場で働く工女さんの多くは住み込みで働いていました。当然、3食付きです。そして、その食事に欠かせないのが味噌汁を始めとする味噌料理でした。最盛期には岡谷市内に34,500人いた工女さんの食事を支えるために、岡谷・諏訪エリアでは味噌づくりが盛んになりました。大きな工場の場合は、自社内に味噌蔵を持っていたところもあるくらいです。製糸業は、やがて、軍需産業を経て、精密機器製造へと移り変わっていきますが、味噌づくりは変わらず残ったのです。」

時代の働き手を支えてきた味噌。現在でも市内に9つの味噌蔵があります。 嘘か、真か、味噌汁のおいしさが工女さんたちの働きぶりや工場の人気に影響したという話まであるようです。
岡谷を訪れたら、9つの味噌蔵を巡って、お好みの味噌を探してみるのも楽しいかもしれません。

シルクのまちを五感で体験する

岡谷蚕糸博物館〜シルクファクトおかや〜の特徴は、養蚕や製糸業の歴史を展示したミュージアムエリアに、宮坂製糸所の工場が併設されているという点。生糸がつくられる様子を見学できるエリアや糸取りを体験できるエリアがあります。ここでは、展示物で視覚的に養蚕と製糸技術の歴史を学ぶだけでなく、繭を煮る匂いや機械の音、シルクの手触りなど、かつては岡谷のまち中のそこかしこにあったであろう音や匂いを体感することができます。

さらに、岡谷蚕糸博物館〜シルクファクトおかや〜は、地元新聞「長野日報」の「『糸のまち岡谷』シルク今昔ものがたり」という連載を通して、養蚕や製糸に関わる様々な事実を情報発信し、資料として残す取り組みも続けています。

最最盛期には岡谷市内で200あったという製糸工場ですが、現在はたったの1社。養蚕農家も1軒しかないそうです。

「養蚕農家は一度ゼロになり途絶えてしまったのですが、6年ほど前から岡谷の養蚕を復興させようという取り組みも始まりました。それが、三沢区民農園。地域おこし協力隊や地域の方、多くのボランティアの方が協力して、養蚕に取り組み、現在では宮坂製糸所に繭を納品しています。」

「さらには、オール岡谷産のシルク製品を増やそうということで、『岡谷シルクブランド』認証制度も始まりました。岡谷産の繭、岡谷市内で製糸した糸を使用しているもの、桑や養蚕、製糸工程で抽出される成分が用いられた化粧品や食品、体験や学習などのサービスの4つに分類して認定しています。」

岡谷蚕糸博物館 〜シルクファクトおかや〜 のミュージアムショップには、シルクを使った衣料品はもちろん、インテリア製品やアクセサリー、桑の実を使ったジャムや桑の葉クッキーなどの食品やシルクパウダーを使った化粧品など、幅広い製品がずらりと並んでいて、お土産にもおすすめです。

「『岡谷シルクブランド』認証商品の中でもユニークなのが、『シルクうなぎ』です。提供しているのは、岡谷で創業60余年のうなぎ料理専門店『やなのうなぎ観光荘』。かつて養蚕が盛んだった頃に蚕のサナギを鯉の餌にしていたという思い出からヒントを得て、養殖鰻の飼料に蚕のサナギをブレンドしています。上質であっさりとした脂が特徴の『シルクうなぎ』はシルクをめぐる際のお食事にもおすすめです。」

実は、シルクの糸をとった後の蚕のサナギは、年間1.5tが廃棄されています。高たんぱくなサナギが良質な飼料となり、鰻を美味しくするのはもちろん、廃棄物となってしまうものに新たな価値を見出す取り組みでもあるのです。

シルクのまちの面影を辿る街歩き

先に紹介した2種の繰糸機をはじめ、岡谷蚕糸博物館シルクファクトおかやに収蔵されている資料は 経済産業省が認定する近代化産業遺産に認定されていますが、そのほかにも、岡谷市内には製糸関連の遺構が複数あります。

岡谷市内の近代化産業遺産

中でもおすすめは、製糸家であり実業家であった林国蔵の居宅「旧林家住宅」。国重要文化財にも指定された建物は内部も見学することができます。もう一つは、「丸十繭倉庫」。原料の繭を保存しておく倉庫だった建物は、現在はリノベーションされレコード店として使われています。
近代化産業遺産の中には、見学不可の遺構もあるのですが、博物館を起点に、西側をめぐる「絲まち西回廊」と東側をめぐる「絲まち東回廊」がマップ化されているので、興味があれば、ぜひ博物館でお問い合わせください。

蚕玉(こだま)さま

もう一つ、養蚕と製糸のまちならではの風習として、髙林館長が教えてくれたのが「蚕玉(こだま)さま」です。「蚕玉さま」とは、人々が繭の豊作を願って作った石像物。長野県というと、道祖神が有名ですが、岡谷市および長野県中南部には、まるで道祖神やお地蔵様のように「蚕玉さま」があちこちの路傍に佇んでいます。岡谷市内の「蚕玉さま」を巡るマップもあり、散歩がてら「蚕玉さま」探しをしてみるのも楽しそうです。

おすすめPickup!!

おすすめまちあるきコース

絲まち西回廊コース

「旧林家住宅」や「元金上繭倉庫」などシルクに関わる遺構をめぐるまちあるきコース (約4.7km所要時間2時間42分)

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蚕玉さまマップ

地域の人々が繭の豊作を祈って作った石造物「蚕玉さま」をめぐるマップ

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おすすめグルメ

やなのうなぎ観光荘(シルクうなぎ)

蚕のさなぎを飼料に混ぜ込み育てた岡谷ならではのオリジナルの国産ブランドうなぎ「シルクうなぎ」が食べられるお店。 店舗でも通販でも販売しています。

【 住所 】〒394-0045 長野県岡谷市川岸東5-18-14(岡谷本店)
【 電話 】0266-22-2041(岡谷本店)

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岡谷味噌

現在も岡谷に残る9つの味噌蔵と「岡谷味噌」を使った飲食店を紹介しています。工女さんたちの食を支えた味噌蔵を巡ってみては?お土産やギフトにも!

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おすすめスポット

武井武雄の世界 イルフ童画館

「子どもの心にふれる絵」を目指して「童画」という言葉を生み出した岡谷市出身の武井武雄の童画、版画、刊本作品などを展示したミュージアム。

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岡谷健康福祉施設 ロマネット

古代ローマ風呂をイメージした円形浴場が楽しめる日帰り天然温泉。サウナやお食事処もあります。

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